無色と有色のあいだ

デザインにしても、コピーライティングにしても、意識無意識は別として作り手の色が滲む。
私の考えるデザインとは、対象物に内包されているものを炙り出すことだから、そこに作家性やある種の色みたいなものが付いていない方がいいと考えている。よって、この相反する現象にいかにあらがっていくか、または探求していけるかが、自分のデザイナーとしての挑戦でもある。
本来、デザイナーとは黒子の職業だ。だから有名になったりでもしたら、本来仕事はやりにくくなるものなのだ。

それからデザインでは、ウェブブランディングの一手として、企業や商品のウェブサイトの中にメディア的な切り口を持たせ、それをプラットフォーム化して継続的に発信していくことをやっているが、メディアの運営というのもまた同様な苦しさを持つ。

メディアとしてのコンセプト、あるいはクライテリアがまずあるが、執筆者によってそれは色付けされていく。誰かっぽい言い回しや表現というのもそれだし、そもそもその現象をどう捉え、切り取っていくのかは、取材者の現場解釈で大きく変動する。

何かをつくる、書くという行為は、どこかに主観的な要素があるからそれができるのだから、当たり前ではあるのだけど、それをあまりに許容すると、コンセプトが遠のく。

最近は、クリエイティブディレクションの立場を取ることが多く、そのコントロール(すべきかどうかも含め)について、考えは続いている。

2017-11-13 | Posted in デザインのことComments Closed 

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