Ride, Ride Blue Trainのこと

2003年〜2004年にかけて、私はカーブの他に、もうひとつ別の音楽プロジェクトを並行させていました。

当時、日中はデザイン会社で仕事、夜は2つのバンドのどちらかのリハーサルやレコーディングでスタジオに入るという日々を過ごしていました。
そのもうひとつのバンドは「Ride, Ride Blue Train」という名前で、バンドというよりは正確にいうと、2人のユニット形式のプロジェクトとしてスタートしたのですが、植村太郎くんという人がボーカルと作詞作曲をやっていて、佐野はプロデュースとアレンジとギターを担当という感じでした。
植村くんは、いろいろと面白いエピソードを持っている人で、実家は野菜の種をつくる農業を営んでいて、本人も野菜の種を全国の販売店に配達する仕事をやりながら、作詞作曲をしているというような人でした。
ひょんなきっかけから、彼のつくったデモ音源を聞く機会があり、その声の良さと、言葉の選び方、コード感の不思議さ、メロディーの美しさ、曲展開の自由奔放さに、ワクワクが止まらなくなり、すぐに連絡をとって、新宿のらんぶるという喫茶店で会うことになりました。
どんな人なんだろう、と思いつつ、会ってみると実に普通の田舎の友だち(失礼お許しを)みたいな感じで、曲の斬新さからはあまり想像できない人柄で、とにかく、ちゃんとしたデモ音源をつくってみないか?とその場で提案して、次の約束をしたのでした。

そこから、彼の野生の勘だけでつくったような荒削りの曲たちを、ひとつずつコード譜に落としながら、ハードディスクレコーダーにダビングをしていきました。
曲や詞が十分に素晴らしいので、私はとにかく彼のできない部分だけをやろうと思い、ドラム演奏とオブリガード的なギターとコーラスを入れて、植村くんにはボーカルの他、ギターとベースを自分で演奏してもらい、2曲レコーディングしたものを、カーブで知り合ってきた音楽関係者に聞いてもらうことにしました。
すぐに連絡があって、その前年にカーブが出演していた「新宿ミーティング」というイベントに、Ride, Ride Blue Trainで出演しないか?というオファーをもらいました。

ところが、たった2人で録音した音源ですので、ライブのことをほとんど考えておらず、そこからサポートメンバーを探すことになり、カーブでも親交の深かったフロッタージュの渡辺くん(ナベ氏)にドラムを、元メロディオンズの横野くんにベースをお願いして、4人編成のバンド形態でライブをやろうということになりました。
その時の映像も残っていましたので、以下ご覧ください。

 

 
 

Ride, Ride Blue Trainは、このときのライブが評判になって、いくつかのレーベルから声がかかり、中にはメジャーの話もありました。2人組でやっていくのか、バンド形態にするのか、いろいろと悩んだ末、バンドメンバーを探すことにして、ベースは横野くんがそのまま入り、ドラムを誰にするかということで、模索することに。
植村くんの大学時代の同級生には、実は、初恋の嵐の西山くんと、鈴木正敏くんがいて、実は鈴木くんに声をかけたりしたこともあったのですが、当時、西山くんがこの世を去ってしまった直後ということもあって、それは叶わなかったのだけど、音楽関係者からいろいろな人を紹介されたりして、Ride, Ride Blue Trainは、一夜にしてかなり多くの人からその後の同行を注目されるバンドになっていることを実感していました。

2003年の年末くらいだったかなと記憶しているのですが、UKプロジェクトというレーベルの関係者から、「ドラム叩ける奴で暇そうにしているやつがいるから来い」という連絡があり、なんだろう、誰だろうと恐る恐る行ってみると、そこにはサニーデイ・サービスの丸山さんがいて、植村くんと私はサニーデイの大ファンだったから、ミーハーなテンションになっていることを、恥ずかしく思いながらも、丸山さんがすごく曲を気に入ってくれていて、「ひとまずスタジオ入ってみましょうか」的な話でまとまり、連絡先を交換しました。

その間、ドリーミュージックからリリース予定の「The Many Moods of Smiley Smile」というコンピレーションアルバムに、Ride, Ride Blue Trainの「街にさよなら」という曲が収録されることが決まり、今はなくなってしまった市ヶ谷の一口坂スタジオでレコーディングをしました。その頃はドリーミュージックのディレクターの竹内さんに大変お世話になり、アマチュアな私たちにプロの現場を教えていただきました。
同コンピレーションアルバムには、bonobos、ゲントウキ、ビューティフルハミングバードなどが参加していて、今思えば、素晴らしいアルバムに収録してもらったと思います。

そのコンピアルバムのリリースパーティーのイベントライブが、2004年の秋くらいに、下北沢251と440の同時開催で行われ、Ride, Ride Blue Trainは、サニーデイ・サービスの丸山さんがドラムを叩くことになり、スタジオでのリハーサルを重ねていました。
その時のライブ映像を探しているのですが、見つかっていません・・・。たぶん、どこかにあるのではないか、、と思っているのですが。

その後は、いろいろとありまして、実はRide, Ride Blue Trainは、空中分解のような形で、短い活動を終えました。
理由はひとつじゃなかったと思いますが、しいて言えば、私のリーダーシップの欠如だっただろうと思っています。

日中はデザインの仕事をしながら、カーブという自分がメインの立場のバンドがあり、そのもうひとつのバンドという位置づけでRide, Ride Blue Trainという存在があり、人生の迷いと、活動のプライオリティが、悪い形で重ねってしまったと思っています。

あれから、12年、干支が一巡りしたわけですが、植村くんとは連絡取っていないので、できれば一度は連絡を取りたいと思っています。携帯の番号もかわってしまっているようで、とにかくアナログな人だったので(笑)、たぶんSNSとかもやっていなそうなのですが、どなたかご存知の方がいたら、教えていただきたいです。

思い出をつらつらと書きましたが、しっかりと世に出すことができなかったRide, Ride Blue Trainの音楽をあらためて聴き直してみると、なんとも可能性の大きかった音たちだと今でも思います。
「新宿ミーティング03」に収録された「街角ブルー」、「The Many Moods of Smiley Smile」に収録された「街にさよなら」の2曲以外にも、未発表のデモ音源が数曲、私の手元にあります。
人生には後悔はない方ですが、この音源が出せなかったのは、私の中で、少し悔いが残っています。

植村くん、もしこのブログを読んでいたら、連絡ください。

2016-03-26 | Posted in 散文のようなもの, 音楽のことComments Closed 

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