真意を伝える

仙台出張から早朝の新幹線で帰ってきた。子どもの保育園の仲良し発表会なるイベントがあり、うちの子はお寿司屋さんの役をやるとのことで、それに間に合うように、6時台の便で。おそらく出張の疲れも溜まっているだろうと思い、はじめて「グランクラス」なる、飛行機でいうところのファーストクラスみたいなデラックスなやつに乗ってみた。
そもそも6時の新幹線なんて、駅も普通の指定席もガラガラだったから、なにもグランクラスでなくてもゆっくりできそうだったが、まあ、それなりに快適で、ドリンクサービスもあったりして、悪くはなかった。

おかげで体力を多少は温存しながら、仲良し発表会を観覧することができた。他のクラスの発表を見ながら待つこと3〜40分、ようやく我が子の出番である。自宅でしきりに「お寿司屋さんったらお寿司屋さん」という謎の歌と踊りを練習していたので、どんなものなのかと気になっていたのだが、なかなか斬新な切り口でセンスのよい劇で、楽しめた。

こういってはなんだが、そもそも子どものお遊戯会というものは、我が子の頑張りを見て感動するという、一択の楽しみ方しかないものと思っていたが、脚本も工夫があり、子どもたちの自主性をいかんなく発揮させていて、保育園先生のセンスの良さに感心した。我が子の頑張りももちろんしかと見届けたが、単なる親へのお披露目会というだけではない表現や教育へのひたむきさを感じたことは、保育園の先生に感謝しなくてはならない。

4年前にはじめて親となって、親として、子どもをどう育てていくべきなのか、日々試行錯誤は続いている。我が子はもちろんかわいい。無償の愛を注ぐ。ただ抱きしめていればよかった時間から、4歳となり、多少なりとも、意思の疎通ができるようになってきて、これから少しずつ、私は子どもへ何かを伝えていかなくてはならないのだろう。

今日、公園で強く叱った。我を抑えきれず輪を乱し、それを押し通すことを繰り返していたからだ。親が子ども叱る理由はひとつしかない。未来への視点だ。今ではない、その先に愛を置くからだ。

仕事で若手を指導することも同じ。今の仕事ではない、その先の仕事に視点を合わせて、伝える必要がある。未来への愛を伝えること、それが「真意」というものなのではないかと思う。

2017-12-03 | Posted in 散文のようなものComments Closed 

関連記事